2011年3月30日水曜日

発電所がやってくる

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● 新日本有限責任監査法人のWebサイトより



 海の向こうのタイから発電所がまるごとやってくる。
 無償貸出だという。
 このニュースを見たとき、涙が出た。
 まだまだ、日本も信頼感では捨てたものではない。
 世界からの助力で
 「おねげえでございますだ、中国お嬢様」
はなんとかしないですみそうである。


TBS News 2011年03月29日17:48
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4686799.html

タイの発電所、日本に丸ごと貸し出しへ



 原発事故で電力が不足している日本をサポートしようと、タイの電力公社が発電所を丸ごと無償で貸し出すことになりました。

 日本に貸し出されるのは、巨大な煙突、タービン、発電機といった発電設備一式、これを2セットです。
 発電所ほぼまるごと、日本に移設されます。

 東京電力に貸し出されるのは12万2000キロワットのガスタービン発電設備2機などで、およそ24万世帯分の電力を賄うことができます。
 この発電設備は日本製で、95年から稼働していますが、現在はピーク時を除いて使われていないため、電力不足に悩む日本に無償で貸し出すことになりました。

 「日本はこの困難に対し決して孤独ではありません。何でもサポートします」(タイ電力公社の社員)

 発電所は分解して船で運び、東京近郊に移設されるということで、東京電力では今年8月の運用開始を目指しています。
 発電機だけのレンタルはありますが、発電所が丸ごと貸し出されるケースは、世界でも極めて珍しいということです。


 東京の電力事情はどうなっているのだろう。


ITmedia News 2011年03月25日 18時12分 更新
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1103/25/news087.html

東電、夏の計画停電は避けられない見通し

 東電が公表した今夏の電力需給見通しによると、7月末の時点で需要想定に対し供給力が大幅に不足。
 暑い時期の計画停電は避けられない見通しだ。

 東京電力は3月25日、今夏の電力需給見通しを公表した。
 7月末までに供給力を1000万キロワット回復し、合計4650万キロワットにまで改善させる計画だが、節電効果を考慮して需要想定には850万キロワットが不足すると見込む。
 真夏の計画停電は避けられない見通しだ。

 3月24日時点の供給力は3650万キロワットで、需給動向で供給力が変動する揚水発電を含めると3850万キロワット。
 今後、震災で停止している鹿島火力発電所1~6号機(合計440万キロワット)、常陸那珂火力発電所1号機(100万キロワット)の復旧や、昨年4月から休止中の横須賀火力発電所の再稼働、設置が容易なガスタービン発電機の設置(40万キロワット)で供給力の回復を目指す。

 一方、夏に向けて気温上昇による火力発電所の出力減少分が260万キロワットあり、これらの差し引きで7月末の供給力は4650万キロワット(揚水発電含まず)になる見通しという。

 これに対し、震災の影響や節電効果を考慮しても、需要は5500万キロワットに達するとみている。
 夏期の平日平均の最大となる4800万キロワットに対しても足りず、最大需要に対し供給力が大幅に下回る見通しだ。

 東電は供給力の回復に全力を挙げる一方で、引き続き企業・一般家庭に節電を呼びかけ、さらに需給調整契約を活用するなどして需要面の調整にも取り組むとしている。

 また東電は、冷房需要が高まる時間帯に料金を割高に設定する需要抑制策も検討。
 政府はサマータイムの導入や、企業の休暇の分散化などを検討するという。

■「同時同量」

 東電の電力を取り巻く状況を見てみよう。

 東電の資料によると、2010年度(計画値)の自社設備による発電設備出力は6499万6000キロワットで、他社からの受電を合わせると7801万600キロワットだ(発電設備は定期点検などがあるため、全出力をフルに使えるわけではない)。

 自社設備出力の内訳は、火力発電が3869万6000キロワットで59%を占め、原子力発電が1730万800キロワットで27%、水力発電が898万9000キロワットで14%。
 地熱や風力などの「新エネルギー」は400キロワットに過ぎない。

 キーワードは「同時同量」だ。
 電気は基本的に貯めておくことができない上、需要と供給のバランスが崩れると電圧や周波数が不安定になり、工場などに大きな影響をもたらす。こ
 のため必要な電気を必要なだけ発電する、需要と供給を一致させる「同時同量」が電力をコントロールする際の原則だ。



 電力需要には1日の時間帯によって変動があり、3月なら午後6時~午後7時に最も電力需要が高くなるなど、一定ではない。
 このため、常時稼働している水力発電と原子力発電による電力で需要のベースをまかない、稼働タイミングを調整しやすい火力発電を活用することで同時同量を実現している。
 ピーク時に足りない場合は火力や揚水発電などを使ってさばいている。

 現在実施されている計画停電も、供給力が落ちた中で同時同量を維持し、不測の事態を避けるための苦肉の策だ。

■真夏のピーク時間帯は午後1時~午後3時

 震災の影響で、東電の供給力は大きく落ちた。
 特に、深刻な事故を引き起こした福島第1原子力発電所(合計469万6000キロワット)と、福島第 2原子力発電所(合計440万キロワット)の停止で、需要のベースを担う電力が減っている。
 夏場の最需要期に東電への電力融通を行ってきた東北電力の女川原発(237万4000キロワット)も復旧の見通しは立っていない。

 東電によると、年間を通じた電力需要のピーク時期は1968年までは真冬だったが、それ以降は空調機の普及で真夏に移った。
 2001年の7月24日には6430万キロワットという最大値を記録しているが、07年(8月22日)は6147万キロワット、08年(8月8日)は6089万キロワットが最高で、天候不順に見舞われた09年(7月30日)は5449万キロワットにとどまっている。

 真夏のピークとなる時間帯は午後1時から午後3時。
 1日のうちで最も暑く、最も冷房を使う時間帯だ。
 夏期の電力需要のうち、冷房需要は35%程度を占めているという。
 夏期に計画停電に踏み切らざるを得ない場合、最も暑い時間帯である午後1時~午後3時を中心に実施される可能性が高い。

■変わるライフスタイル

 真夏に計画停電が実施されれば、首都圏の人々のライフスタイルには大きな影響がありそうだ。

 例えばオフィスでは「クールビズ」化が否応無しに進み、オフィスでもポロシャツ1枚で過ごすことが社会人の常識になるかもしれない。
 夏場を快適に過ごせることをうたう高機能素材を使った衣料への注目が集まるだろう。

 またオフィスを「疎開」させる企業が相次ぐかもしれない。
 ノートPCさえあれば仕事ができるネットベンチャーは首都圏を離れ、涼しい軽井沢(長野県)や北海道、電力を気にしなくていい西日本などに移動して開発を続けるかもしれない。
 震災と電力不足を受け、西日本へのオフィス移動を早々に宣言したパンカクの柳澤康弘社長は
 「長めの開発合宿」
だとツイートしていた。





== 東日本大震災 == 



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2011年3月29日火曜日

沈む帝国、日本

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中央日報 2011.03.29 16:18:02
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=138616&servcode=100&sectcode=120

【コラム】沈む帝国の二風景

 1972年、米国領グアムで原始人が発見された。
 日本軍の敗残兵、横井庄一上等兵だった。
  彼はジャングルにまかれたビラを見て日本の敗戦を知っていたが、投降を拒否した。
  司令部からの訓令がないという理由だった。 羽田空港をぎっしり埋めた人波に彼はこう語った。
  「恥ずかしながら帰って参りました」。
 大和魂の記憶が日本に衝撃を与えた。
 2年後、フィリピンのルバング島で30年生き続けてきた小野田寛郎少尉が発見された。
 下山を拒否する彼を屈服させたのは、過去の上官の投降命令書だった。

 これが帝国日本の力だった。
 人類学者ベネディクトは『菊と刀』で、日本人は共同体と国家から恩恵を受けたという意識を持って生まれると書いた。
 このため報恩が個人よりも優先され、それに背く行為は日本人が最も嫌悪する恥となる。
 「恥ずかしながら帰って参りました」という言葉はまさにそれを表している。
  国の命令なく個人の生を優先できないというのも、報恩と恥の所産だ。
 国魂で武装した帝国が「大東亜」に向かって突進する時、個人は猛烈に投身した。
  神風のようにそれは狂気を帯びていた。 ところが平和時はどうか。

 日本大地震の復旧過程で表れた二つの相反する風景に、韓国人は少なくとも二度驚いた。
 想像を超越する大災難にあった日本人はどうしてこれほど落ち着けるのか。
 号泣しても足りない家族と知人の死の前でどうしてこれほど静かに泣けるのか。
 ところが秩序・配慮・忍耐に驚きを表した韓国人は、食糧・薬品・毛布・水・電気不足に苦しむ経済大国の被災者、のろい救済活動、原子炉に海水を注ぐ先端科学大国の水冷式対処方式にもう一度驚かざるを得なかった。

 韓国なら災難地域で騒動が起きていただろう。
 脆弱な防災システム、国の職務遺棄を主張しながら賠償を要求し、救護物資が十分でないと喚いていたはずだ。
 それと同時に災難処理も迅速に行われただろう。
 政府と地方自治体、市民団体がすぐに駆けつけ、道路を通し、通信を架設し、被災者をなんとか保護したはずだ。
 泰安(テアン)半島を覆った油をすべての国民が短期間で片づけてしまったように。
 また、延坪島砲撃当時に数百人の避難民をとにかくサウナに収容したようにだ。
 油と戦ったボランティアメンバーが公式許可を受けたこともなかったし、サウナの主人が郡庁に事前申告をしたわけでもなかった。
 性急な韓国人の性格通りにしたにすぎない。

 日本人の報恩意識はほとんど文化的な遺伝子に近い。
 国がどうしようもない自然災難をめぐり、賠償を要求して苦痛を吐露するコードが日本人の心性には存在しない。
 迷惑をかける行為であるからだ。
 個人的な気質と欲求を制御する共同規範を用意し、迷惑を最小化しようという合意で
 「マニュアル社会
が誕生した。

 個人の公共性を促進したマニュアル規則網は、戦後の社会再建と経済復興に奇跡を呼び起こした。
 公共秩序と法規を最もよく守る、静かで端正な社会をつくり、職務献身が最も高いワーキングアニマルを量産した。
 国の代わりに企業が大衆動員の求心点、報恩の対象になると、トヨタ・ソニー・日本製鉄のような世界最高の企業が続々と誕生した。
 並大抵の自然災害もマニュアルで対処が可能だった。
 成功神話に助けられ、そのマニュアル化された行為様式が官僚主義と結合すると、誰も犯せない不文法に変わった。
 政治もそれに閉じ込められた。

 ところが今回の津波は行為規則遵守の範囲を大きく超えてしまった。
 救護物資の空中投下はマニュアルになかった。
 学校の運動場に転がる自動車を整理するマニュアルがなかった。
 高齢者が避難所で亡くなっていく時にも、どうすればよいのか教えてくれるマニュアルもなかった。
 緊急提案はあったが、それを許可なく施行すれば迷惑を掛けるかもしれないという考えが行動を阻んだ。
 原発爆発後に狩猟時代の闇が覆ったあの文明都市を救う方法がマニュアルにはなかった。
 防災市民団体もマニュアルの外郭で地団駄を踏んだ。
 マニュアル社会が「成功の危機」を表し始めたのは1990年代序盤からだ。
 大衆動員の時代が過ぎて個性演出の時代が到来したのだ。
 マニュアルを越える唯一の力が国であるが、一年に一度ずつ交代する政治リーダーシップは力を失った。
 子どもを背負ってマスクをしたままトンネルを抜け出す中年女性の写真はそれだけに衝撃的だった。

 沈む帝国のマニュアルにはもう頼れないという切迫した姿だった。

宋虎根(ソン・ホグン)ソウル大教授・社会学


 なにか前に読んだような記事があった。


中央日報 2011.02.08
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=137254&servcode=400&sectcode=400

カイロ空港、日本人は弁当食べるのに韓国人は
 …政府の国民保護対策に批判殺到

「ここはエジプト・カイロ空港。
 3日目の野宿中。
 お腹がすきます。
 中国・日本・米国はもちろん欧州の国は大使らが自国民を保護するため夜を徹して空港を守っているのに太極旗は見られません」。

 エジプトに旅行に行ったパク・イェウォンさんは3日午前、自身のツイッター(@moonlightyw)に書き込んだ。
 パクさんは続いて、
 「日本人は弁当、中国人はサンドイッチを食べているのに、韓国人は菓子袋をいくつかもらった
とつづった。
 旧正月連休、インターネットには
 政府の海外同胞・旅行客保護対策を批判する書き込み
が上がってきた。
 帰国の飛行機を待ってカイロ空港で何日も“野宿”した海外同胞と旅行客が
 「他の国に比べ韓国大使館の支援品はみすぼらしい
として不満を爆発させたのだ。


 きっとこの後、迅速な政府がかけつけ、
 菓子袋の代わりに超豪華な弁当を配ってくれた
のだろう。

 日本という帝国をつくった基本は「マニュアル社会」
 マニュアルがないと機能しない国という。
 そうなのかもしれないし、そうでないのかもしれない。
 マニュアルにはきっと「弁当」と書いてあるのだろう。
 マニュアルがないとまあ「菓子袋でいいか」となるのだろうか。
 それに批判がでると超豪華な弁当に変わるのだろうか。
 どうだろうか、よくわからない。
 マニュアルに書いていなければ変幻自在に対応できることは確かである。
 声を大きく出した方が勝ち、という基準なのかもしれない。

 最悪の状態になったとき、人はマニュアルどおりに動くものかどうかはわからない。
 もしマニュアル通り動いているのなら、まさにマニュアル人間であろう。
 そうでなく、その文化の持つ社会通念すなわち道徳観で動いていたらマニュアル人間とはいえない。
 が、それすらもマニュアル化されていると言われれば、反論できない。

 今の日本は、反論を許される位置にはいない。
 何を述べても、
 現実が目の前にあり、それをどう解釈するかは人次第である。
 今の日本は、あらゆる批判に、そして身内のマスコミの批判にも耐えてゆかねばならぬ荷物を背負った民族になっているのである。
 日本の老人からですら「天罰だ」
と言うのである。
 もし、同じことがあなたのところで起こったとき、あなたがたはどう行動しますか。
 これは愚問に過ぎない。
 でかまるこではないが「しゃーない」と笑って無視するしかない。



中央日報 2011.03.23 14:00:32
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=138430&servcode=100

【コラム】マニュアル社会の罠

 まだ桜の花も咲いていないが、今年の10大ニュースの半分はすでに出てきたようだ。
 中東事態に日本大地震、リビア戦争まで、「ビッグニュース」が津波のようにあふれている。
 各報道機関の国際部記者が溺死する状況だ。
 口蹄疫事態、上海総領事館スキャンダル…。過去にこれほどのことがあっただろうか。
 韓国メディアの付和雷同のせいにする人もいるが、波のように押し寄せてくる大きなニュースがあまりにも多いのは事実だ。

 ニュースの洪水の中で記事を選別するのは容易でない。
 予期しなかった新しいニュースが入ってくる度に、その意味と脈絡を考慮して軽重を分けるのは大変な作業だ。
 このため、ある人はマニュアルが重要だと言う。
 各種の場合の数を想定し、あらかじめ作っておいたマニュアルの助けを借りれば、作業を容易にし、失敗を減らせるということだ。
 半分は正しく、半分は間違った言葉だ。

 ニュースの価値は相対的だ。
 いくら大きなニュースがあっても、それよりもっと大きなニュースが入ってくれば押し出されるしかない。
 ニュースの価値を判断する一次的な責任は担当記者とデスクの役割であり、最終的には編集局長や報道局長ら制作責任者の役割だ。
 ニュースの価値判断にはこの人たちの知識と経験、価値観、世界観が溶け込んでいる。ニュースは多く、判断は人によって違う。
 新聞紙面やテレビ画面に反映された最終結果でいえば、数え切れないほど多くの場合の数が可能だ。
 これをマニュアル化するというのは不可能に近い。
 結局、重要なのはリーダーの見識と直観だ。

 大地震と津波で生活の基盤を失ったり、放射能恐怖のために家を出て避難所で生活している日本人は35万人だ。
 学校の教室や講堂など臨時待避所で寒さと空腹に苦しむ人たちをテレビで見る度に心が痛み、その一方でもどかしさを感じる。
 低体温症で亡くなったり、医薬品が供給されず命を失った高齢者もいる。
 苦痛の中でも黙々と我慢して待つ日本人の姿勢は感動的だが、私としてはとうてい理解できない。
 世界3位の経済大国、防災先進国の日本で、なぜこういうことが起こるのか。

 地震のために道路が不通となり、車を動かす燃料が不足し、救援物資をきちんと伝えられないというのは話にならない。
 その多くのヘリコプターはどこに使っているのか。
 道路が問題なら、救護品を積んだ大型船舶を被害地域の海岸に急派し、ヘリコプターで投下すればよいのではないのか。
 問題はこういう考えができないのではなく、日本政府と地方自治体の災害対策マニュアルにヘリコプターを利用した救護品投下はないということだ。
 あきれてしまう。

 道路があっても、地方自治体が発行する緊急通行証がなく、救援物資と油を積んだトラックが数日間も足止めになるのも、マニュアル通りにして生じたことだという。
 福島原発事態の初期に海水で原子炉を冷却させるという考えに踏み切れなかったのもマニュアルになかったためだという。
 結局、菅直人首相の激しい叱責で海水を動員したが、マニュアルに縛られて貴重な時間を浪費する格好となった。

 最近、日本政府の当局者らが口癖のようにいう言葉が「想定外」だ。
 これほどの地震と津波は全く予想できなかったということだ。
 したがってそれに相応する対応策がマニュアルにない。
 世の中のすべてのことがマニュアル通りにできると思うのは傲慢の極致だ。
 世の中には人間の予知から外れることがいくらでもある。
 人間の頭で天災地変まで治めることはできない。

 マニュアルはもちろん必要だ。
 教育のためにも必要で、試行錯誤を繰り返さないためにも必要だ。
 マニュアルを遠ざけるのも問題だが、過度にマニュアルに依存するのも問題だ。
 マニュアルにすがるのは悪く言えば免避主義だ。
 予期できない事態にあい、自分の責任下で危険を甘受する負担から抜け出せる良い言い訳が
 「私はマニュアル通りにしただけ」
という言葉だ。
 通常的な場合なら、マニュアル通りにすればよいが、危機状況では違う。
 大地震のような国家的危機状況でマニュアルにばかり依存するのは無責任な保身主義だ。
 結局は官僚主義の問題とリーダーシップの問題だ。

 日本の中高年層は最近、日本の若者が覇気と挑戦精神を失ったと嘆く。
 しかし彼らをそのように作ったのは中高年層だ。
 中高年世代が作ったマニュアル社会の罠にはまり、若者が意欲と覇気を失っているのだ。
 世の中すべてのことがマニュアル通りに動けば、それほどつまらない世の中もないだろう。
 予想を超える事態に立ち向かい、リスクを背負って挑戦するのが価値ある人生であり、意味のある人生だ。

 日本は敗戦から生まれ変わって先進国になり、経済大国になった。
 しかし20年前から日本は沈滞状態だ。
 大地震で日本がもう一度生まれ変わることを私は心から望む。
 そのためにはまず「マニュアル原理主義」から抜け出さなければならない。
 いま日本に必要なのは見識と直観を備えたリーダーの決断だ。



中央日報 2011.03.24 15:18:25
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=138469&servcode=100&sectcode=120

【中央時評】日本に投じられた3つの疑問

 東日本大地震の発生から明日で2週間になる。
  しかし余震は今も続き、日本気象庁はマグニチュード7の余震が発生する可能性があるとみている。
  にもかかわらず地震・津波による恐怖からはひとまず抜け出した雰囲気だ。
  問題は原発事故だ。
  事故の収拾自体にもまだ相当な時間がかかる見込みだが、もっと大きな問題はその後遺症だ。
  電力不足問題は計画停電、さらには制限送電などで対処できるというが、見えない放射線による不安は始まったばかりだ。
 未曽有の事態に直面している日本では今、いくつかの根本的な問題に対する疑問が提起されている。

①. まずは日本は果たして安全な国かどかという問題だ。
 「想定外」という言葉が一般化されるほど大規模な地震と津波はやむを得ないとしても、原発をこうなるまで制御できない国を安全な国と言えるのかという疑問だ。
 こうした疑問はまた、米国・英国など他国が自国民を事故原発から80キロ圏外に避難させる状況で日本は30キロに限定したのが果たして国際的な安全基準に適した決定なのか、葉もの野菜から検出された放射性物質が暫定規制値の数十倍になりながらも人体に影響を及ぼす数値ではないというのはどういうことか、などの疑問につながっている。

 政府の発表や勧告・指示を理性的に理解しながらも、不安は消えないという反応だ。
 安全だとしても安心はできないということだ。 不安の根源はまさにこうした情緒的・感情的な反応だ。

 自然災害についても疑問がないわけではない。
 繰り返し「想定外」と言っているが、過去の半世紀だけでもチリやスマトラでマグニチュード9以上の地震があった中、これらの地域に劣らず危険地帯に位置する日本がこれを「想定」しなかったということ自体も問題でないかとの声がある。

②. 二つ目は日本は果たして豊かな社会なのかという点だ。
 もちろん、多くの国が日本が今回見せたほどの救援活動はできなかっただろう。
 それでも日本国民が「安全な国づくり」と同じくらいよく聞いてきた政治スローガンが「豊かな社会に」だった。
 しかし地震・津波発生から2週間が経っても依然として避難民は適切な医療どころか、食事さえもきちんとできていない。
  いわゆる「在宅難民」も多い。
 ガソリンがないため自動車も使えない。

 最大被害地の一つ、陸前高田の戸羽太市長は最近、インタビューで「ガソリンがなく、(行方不明者・死者を)探せない。
 くやしい。
 闇の中で時間だけが過ぎていくというのに…」と国の遅い対応に憤りを表した。
  「ライフライン」といわれる電気・水道・ガスの供給が中断しているところも多い。
  「ライフライン」さえもこれほど長く復旧・再開できない状況で、これまで構築してきた豊かさとは何かという疑問が出てくるのは当然だ。
  いくら忍耐強いとしても、こうした状況で不満が出てくるのは当然だ。

③. 三つ目は、日本という国のシステムがうまく機能しているのかという問題だ。
  物流システムから政治システムにいたるまで、これまで日本を支えてきたシステム全般に対する疑問だ。
 数日前からやっと支援物資が行き渡り始めたというが、まだすべてのものが足りない。
  地域が必要とするものと支援を受けるものの不一致も続出している。
 支援物資は決して足りないわけではなく、住民が作った自治組織のシステムは立派なものだが、これを連結して後押しするシステムは相変わらず不十分だ。

 どんなに被害が大きいとしても、応急復旧・応急救護がこれほど遅れるシステムには、疑問が生じるのは当然だ。
 疑問が拡大すれば、それは不信になる。
 原発事故の拡大を防ぐこともできた初期の30時間を有効に使えなかったのも、結局、東京電力と政府間の疎通システムがきちんと稼働しなかったからだ。
 原発事故発生初期に米国の支援を断ったのも、為替介入を米国が主導的に行ったのも、グローバル対策システムに対する疑問を生んでいる。
 政府の初期対応はすでに不十分な点が指摘されており、政治システム自体に変化が必要な時点ではないかという意見も出ている。

  不安は不満に、さらには不信につながる。
 日本がこうした兆しを早期に克服し、挙国的な力で本格的な復旧作業に取り組んでいくことを信じる。
 そして東日本大地震以前よりもさらに安全な国、より豊かな社会をつくることを祈る。


 日本叩きはこれからも、どんどん行われるだろう。
 たとえばこの説。
①.日本は安全な国か
②.日本は豊かな国か
③.日本はシステムが機能しているのか
 反論する言葉はない。
 目に前に、そうでない証拠が山のように積み上がっているのである。
 できることといえば、ジーとこらえて、涙を拭くことでしかない。
 
 

提供:Pouch 2011年03月28日13時02分
http://news.livedoor.com/article/detail/5446102/

 震災後、日本では東京都知事が
 「地震、津波は天罰だ」
と発言したことで非難が集中しましたが、アメリカでもそれに賛同する人々がいるようです。

 アメリカFOXニュースでは3月17日から20日にかけてアメリカ全土の1008人に電話インタビューした結果を報告しています。
 その調査の内容とは、
 「震災が起こったのは神の仕業が否か
」というもの。

 調査の結果、
 38%(10人に4人)のアメリカ人が今回の地震や津波などの自然災害は神の仕業だと信じており、
 58%(10人に6人)がそれを否定しています。
 29%(10人に3人)のアメリカ人は、一部の国民の悪行によって神により天罰が下されると信じているようです。
 56%のアメリカ人は世の中全てのことが神によってコントロールされていると信じているといいます。

 アメリカではABC、NBC、CBS、FOXの4局が4大ネットワークと言われています。
 そのテレビ局の中でも群を抜いて保守派なのがFOXです。
 完全に共和党寄りなので、今のオバマ政権はもちろん、民主党自体を完全に否定していると言われています。
 超保守派の人々というと、とても敬虔なクリスチャンの人々も多く、彼らの宗教観がこの調査にも大きく影響していると思われます。
 そのため、この調査結果の38%というのも、
 「一部のアメリカ人は」
ということになるのでしょう。

 神の仕業か否か……ひとつ確かなことは天災を目の前に私達人間はどうすることも出来ないということでしょうか。

(文:モーガン彩)
参照元: japanprobe.com(http://bit.ly/flgDA4)


 たとえば、ハリケーン・カテリーナによってニューオリオンズが水没したのは天罰だといい、ニューヨークの貿易センタービルがジャンボで崩落し2千人の死者をだしたというのが天罰だといわれれば、返す言葉はない。
 天災人災は人が生活していれば、大きいか小さいかは別にして必ずつきまとってくるもの。
 それを神の仕業として納得するかは、それぞれの人のありかたなので、どうしようもない。

 宮城県だけで23年分のガレキとは、それまで営々と築いてきたものが、一瞬の内にゴミと化したということ。
 人生そのものがゴミになってしまったということ。
 残されている道は、
 背中に振りかかる非難と怒号を受けて黙々と生きて行くだけ

 非難はいい。
 しかたがない。
 でも、天罰と言われるのは辛い。
 この言葉は、やる気を萎えさせる。





[◆ その後の話]


25today - 2011年3月30日
http://www.25today.com/news/2011/03/post_5394.php

「復興に何年かかろうとも日本には強い友人がいる」
NSW州新政府、日本復興に100万ドル

 3月30日、バリー・オファレルNSW州首相は、日本の災害復興援助金として100万ドルを寄贈すると発表した。
 声明の中で、オファレル新首相は、
 「日本から発せられた衝撃的な映像を見た者は誰でも被災者のことを思って悲しみと絶望的な気持ちにならざるを得ない。
 日本が被災からの復興と再建に何年もかかることを忘れることはできないが、NSW州政府は常に日本の強い友人だ」
と述べている。
 同時に、クリスティナ・ケネリー前州首相が日本に向けて捜索救出チームと緊急救援隊隊員を送ったことを再度取り上げ、称えた。(AAP)







== 東日本大震災 == 



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日本が直面する本当の試練とは

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● 「強いままで」という願いか




中央日報 2011.03.29 11:58:54
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=138605&servcode=100&sectcode=120

【コラム】原発は危険だから建てるべきではない?

 きのうは米スリーマイル原子力発電所事故(1979年3月28日)が起きてちょうど32年になる日だった。
 その2日前、米原子力規制委員会(NRC)はスリーマイル事故以後初めて米国内に建てられる原子炉2基に対する環境影響評価を通過させた。

東日本大地震で大きな事故が起きた福島第一原発による後遺症は拡散の一途だ。
 放射能漏出は相変らず続いており、それによる余波は沈静化の兆しがみられない。
 原発周辺の土地も水も海も、そこで生産される食べ物も、すべてが警戒対象だ。
 いくら人体に影響がない水準だと強調しても接する人々の心はまったく違う。
 東京の水道水に対する乳児摂取制限措置が下された先週木曜日、私が立ち寄った東京都心の東銀座のコンビニエンスストアのミネラルウォーターはすでに品切れになって久しく、缶ビールさえ見かけるのは難しかった。
 見て感じられる余震に対する不安を探すのはむしろ難しかったが、数値だけで示される見えない放射性物質は表われていなくても誰もが持つ恐怖の根源だった。

 大地震発生から2週間余り。
 原発事故に対する問題は次から次へと現れている。
 ともすれば“想定外”だったというが、その想定自体が過度に安易な考え、日本語で“甘い考え”だったとの話だ。
 今回の事故で決定的に問題になったのは地震よりも津波だった。
 だが、東京電力が想定した津波は5.4メートル。
 今回ほとんど被害を受けなかった東北電力女川原発の想定値9.1メートルを大きく下回る“想定”だった。
 それでは前例がなかったのだろうか。

 少なくとも9世紀と16世紀に類似の津波があったという記録とその痕跡が残っており、ほぼ地球の反対側のチリ大地震による津波が日本列島を強打したのがわずか半世紀前のことだった。
 福島原発が建設されたのは世界的にも原発の初期段階だ。
 その後原発と地震・津波に関する多くの技術発展、特に安全性に関する進歩があったが、その成果がしっかり反映されたかも問題だ。
 20年前から耐震性補強に対する意見が出ていたが、設計変更、ひどければ稼動中止にかかる費用増加を心配した業界の反対から、全面改正はわずか5年前の2006年になってなされた。
 技術と安全に関する日本の過度な自信も問題だった。
 日本の原発草創期の中心人物で日本原子力研究所研究室長を務めた笠井篤氏は朝日新聞とのインタビューで、若い研修生に原発事故の可能性について話しても
 「起きるはずがないでしょう」
 「日本の技術は世界一なのに」
という言葉を聞いたりしたとし、自身も責任を感じると悔やんだ。
 最大の問題として提起されている東京電力の初期対応も結局はこうしたすべてのことが複合して起きたのだ。
 事故直後に米国が技術支援の意思を明らかにしたのに自分たちで解決できるとして受け入れなかったこと、結局海水の放水により廃棄するしかなかったものを30時間もためらい事態を拡大したこと、原子力安全保安院が炉芯溶融を予想したのにヘリコプターで現場査察に出た菅直人首相のため応急措置が遅れたことなど、後手に回る対応が相次いで起きている。

 それにもかかわらず
 原発自体を止めようという話がほとんど出てこない
ことを知る必要がある。
 この日曜日に東京都心で市民団体が原発運営中断などを求めるデモ行進があったというが、それが主流では決してない。
 むしろ大規模原発反対デモが起きたのはすでに2021年の原発閉鎖が決定しているドイツだった。
 原発事故の危険性を自ら感じながらも大規模反対デモが起きないのは一言で“現実”のためだ。
 気分が悪くて不安なのと、電気に支えられる生活をこれ以上できなくなるかもしれないという不便を突き詰めて考えるとどちらを選択するかの問題という話だ。
 二酸化炭素排出でもたらされる地球温暖化が地球的問題になる状況で化石燃料を燃やす火力発電は代案にできないという問題もある。

 節電がもちろん主要な代案だがどこまで耐えられるか自問してみる必要がある。
 話は簡単だが身についた生活の便利さを簡単に捨てることができるかという問題だ。
 太陽光・風力・潮力・地熱などさまざまな代替エネルギーがあるというが、それが重要エネルギー源になるには最低でも20~30年は必要だ。
 重要なことは原発の安全であり、原発の必要性の有無ではない。


 「原発を止めようとういう話は出てこない」
 たしかにそうだが、日本国民の現在の共通認識は
 「新規の原発は建設できないし、されない
である。
 そして、旧来の原発は寿命がきしだい閉鎖である。
 よって、原発について能書きを言うことはムダということである。
 ドイツで反対運動がおこるのは、彼らが災害に会っていないからで、災害に会いたくない、と訴えているからである。
 すでに災害を受けた者の考えはひとつに決まっている。
 将来にわたって、日本から原発は姿を消す
である。
 これ以外の選択肢はない。
 よって「原発を止めよう」というのは自明であって、話題にはならない。

 とすれば何が起こるか。
 当然、電力不足である。
 「節電にどこまで耐えられか、自問してみるがいい」
と言う。
 これもまた、
 日本は耐える以外の選択肢をもっていないのである。
 自問する必要のないものである。
 とすれば、今と同じような豊かな社会は消えていく。
 これも自明。

 安全な原発を造ることなど不可能だということである。
 「想定外」
を想定内に織り込んで原発の建設ができるだろうか。
 これはまず不可能。
 たとえば10mの津波を想定して、原発を造れるか。
 安全性ということを考慮するなら、今回の最大津波15mに耐えうるものということになる。
 今回が15mなら、次回は今回をうわまわる津波も想定できる。
 とすると、超安全を考慮して20mか。
 現在の海面から20mを想定して原発の建設ができるだろうか。
 現実不可能。
 よって、原発建設は二度と日本ではテーマに上らない
ということである。
 日本はドイツのあと追うように原発から離れていく。

 ではエネルギーは。
 日本はエネルギー不足に直面する。
 対策はいろいろあろうが、判っていることがはひとつだけある。
 現在と同じ豊かさは絶対に保証されない
ということ。
 日本人の生活のすべて、社会のすべてが
 エネルギーを使わない方向

にむかわざるを得ない。

 「節電にどこまで耐えられか、自問してみるがいい
 まさにそのとおり。
 だが、節電ではなく、それを通り越して
 「少電社会」の実現が来るべき日本の姿
である。
 「豊かな社会」は日本の隅々から消える。
 「節度ある社会」が浮かび上がってくる。
 無用な豊かさを追う経済主義は、日本からは消えていかざるを得ない。
 与えられたエネルギーの大きさから生まれる生活に
 馴染んでいくこと
 豊かな社会からみればガマンになるが、そういう社会意識の日本でしか、日本は生き延びられない。
 「節度ある社会」とは、それがどういう形をとるかは、
 これから10年間の試練

である。
 日本はこれから10年、沈んでいく。

 揺れる大地とエネルギー不足。
 そういう前提のなかで日本民族は生きていくことになる。
 それを避ける方法はないのである



ウオールストリート・ジャーナル 2011年 3月 25日 17:54 JST
http://jp.wsj.com/Opinions/Opinion/node_209400

【オピニオン】日本が直面する本当の試練とは

ジョン・バッシー:
(ジョン・バッシーは、ウォール・ストリート・ジャーナルのエグゼクティブ・ビジネス・エディター兼アシスタント・マネジング・エディター)

 日本にとって、震災後の復興は比較的簡単な部分だろう。
 日本が今の形のままで長期的に生き残ることの方が難しい

 生まれた時から「和」を重んじ、民族的にもほぼ単一で、社会的結束の強い国であることの利点は多い。
 深刻な打撃を受けても立ち上がろうとする今の日本に、それはよく表れている。

 それは前にも目にした光景だ。
 1995年の阪神・淡路大震災の後、第二次世界大戦で日本の都市が焦土と化した後、広島と長崎の後、そして1923年の関東大震災の後。
 この国は、困難を切り抜けることについては完璧な術を持っている。

 今再び、日本社会を結ぶ地域社会の助け合いの本能が呼び覚まされ、犠牲者を悼み、がれきを撤去し、家とビジネスを再建していくだろう。
 トヨタ自動車の米国工場やゼネラル・モーターズ(GM)、ボルボは、日本からの部品調達難で一時的な混乱に見舞われるかもしれない。
 しかし、過去を振り返ってみると、グローバル・サプライチェーンの日本の鎖は、大方の予想を上回る速さで修復され、改善されると思われる。

 日本は大なり小なり、これに似た経験がある。
 1993年、住友化学の愛媛工場で溶媒タンクが爆発して工場が損壊、コンピューター向け半導体のスポット価格が世界的に急騰した。
 同工場では、世界供給の60%に相当する半導体封止材が製造されていた。
 まさに日本が世界のサプライチェーンのボトルネックとなり、市場では品不足が懸念された。

 しかし、予想よりも早く、数カ月以内で、住友化学は製造ラインのうち一本の再開にこぎつけた。
 他の日本のサプライヤーも迅速に代替品の生産を増やした。
 一転、世界市場は、不足ではなく、過剰な供給を予測した。

 神戸が生まれ変わったのは、震災前からの主要産業である製造業と海運業の拠点としてだけではない。
 神戸は、震災を、将来について再考し、バイオメディカル・センターとして再生する機会として捉えた。
 政府は資金を出し、外国人研究者のビザなどの規制緩和を行った。
 この結果、国内だけでなく、米国やドイツから多くの医薬品企業が神戸に集まった。

 単一性と社会的結束は、国家にエネルギーと方向性を与えてくれるものの、その一方で、欠点もある。
 そして、日本は、それを驚くほど安穏として看過している。
 これが、日本の長期的な見通しが不確かな部分だ。

 他の文化に価値観を壊されることへの恐れから、日本は移民をほぼ閉め出している。
 また、厳しい規範から、会社員は夜遅くまでオフィスでの残業を強いられる。
 このため女性は仕事か家庭かの難しい選択を迫られ、最近は仕事を選ぶ傾向が強まっている。

 その結果、日本の出生率では、毎年の死亡者数をカバーすることができない。
 また、日本の移民政策では、経済を押し上げる力となる世界の頭脳、労働力、納税者を利用することができない。
 日本は縮小に向かっているのだ。

 また、結束は、「島国根性」や「公的立場を利用した自己取引」と言い換えられる場合もある。
 ここで問題なのは、日本の巨大な官僚制度だ。
 数十年にわたる一党独裁が政治の発展を妨げ、官僚が国を動かすこととなってしまった。

 日本の規制当局と監督対象産業の間の「回転ドア」は、よくオイルが差されており、よく使われている。
 多くの場合、官僚トップは、退職後に民間セクターで有利なポストを期待できる。

 これがどんな影響をもたらすかは想像がつく。日本の銀行は1980年代から90年代にかけて、当局の手が付けられない状態だった。
 というのは、その頃、銀行の経営陣には、大蔵省(当時)や日銀を退官した元官僚が加わることがしばしばあり、その際、彼らの元部下が監督当局の幹部ということも少なくなかった。
 上下関係が尊重される日本社会では、このつながりは退職後も続く。
 新たな監督当局者は、銀行が傾いている時でさえ、元上司との対立を嫌った。

 この慣行は「天下り」と呼ばれている。
 原子力行政を規制する経済産業省の元官僚7人は、東京電力で民間部門の給料を受けていた。

 そのうちのひとりが石田徹・前資源エネルギー庁長官だ。
 彼は昨年退官し、数カ月後に東京電力顧問に就任した。

 東京電力は、日本の北東部に今、放射能を拡散している福島原発を運営している企業だ。
 福島原発には事故の歴史があり、東電は安全性のデータ改ざんの過去を持つ。
 東電とその監督当局は、今回の危機への対応が遅れたと批判されている。

 アジアに関する著作のある元米貿易交渉担当者、クライド・プレストウィッツ氏は、
 「日本にのしかかる、二つの極めて大きな問題がある」
と指摘する。
 同氏は
 ひとつは人口減少で、長期的に日本はゆっくり自殺に向かっている。
 二つ目は機能不全な官僚システムだ。
 政治家には大きな権力がない。
 監督当局は、国民のためではなく、自らの引退後のために規制を行っている」
と言う。

 どちらの意味においても――
 いかに国家として長く生き延びるのか、
 そしていかに国家の運営方法を選ぶか
――日本に残された時間は限られている。
 「結束」と「静止」は全太字く別物なのだ。


 日本は「今の形のままで生き残ることはない
 端的にいえば、それはできない。
 現在の目線で、日本のこれからの10年を見ることは、未来に付いて何も語っていないということである。
 おもいもかけない形でしか日本はよみがえれない。
 それは「経済からの脱却」である。
 エネルギーなき今後、経済は日本の標語にはならない
 それに代わる何かで、日本は復活するしかすベを持っていない。
 来るべき日本は
 「人口減少で、ゆっくりと活性化の方向へ歩んでいくはずである
 高過密社会、異常とも思われる人口密度、それらが解消されて’いく方向に、明日の日本の姿があらわれてくるはずである。
 人口減少こそ、未来に光を見出す要因として、日本民族の前に開かれているのである。
 これだけは、想定外にはならないだろう。
 人口減少こそが、とりあえず今判っている明日への民族の希望
といっていい。

 高密社会からの脱出
 高エネルギー社会からの逃亡
このラインの向こうに、日本の未来の形があるはずである。
 軍事大国から経済大国にかかった時間は半世紀。
 とすると次に来る新たな社会のピークは2060年ころになる。
 この時の人口は、予想では9千万人
 これが、これからに日本を考えるひとつの目安。
 いいかえると、生態学上の適正人口
 ここへ向けて日本は進んでゆく。
 その過程こそがおもってもみなかったプロセスである。
 今の人口の約70%。
 原発の発電量30%。
 これでチャラである。
 が、半世紀も先のこと。
 今のような社会がくるわけではない。
 わかっているのは向こう10年は日本は低下のウエーブに乗っており、それに合わせた生活形態、社会システムで生き抜いていくしかないということである。




== 東日本大震災 == 



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メルトダウンは(16)

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 冷やさないといけないので大量の放水をした。
 が、それがアダで今度は放射部室を含む水が溜まってしまった。
 作業というのはそういうものだろう。
 その時点で最良と思われることは、次の段階で最良とはならない。
 手探りで現時点での「最良方法」と思われるものを粛々とやっていくしかない。
 ああでもない、こうでもないと周りは言う。
 「なぜ、予想できなかったのか」
と鬼のクビをとったように言を強くして攻めるマスコミがいる。
 結果をみて、とった手段を批判するな。
 手駒がたくさんあるわけではない。
 内容をすべて把握できているわけではない。
 すべては、はじめてのことである。
 判っていることだけで、組み立てねばならぬ。
 全部のピースが揃っているわけではない。
 与えられる選択肢から選ぶしかない。
 批判に対して当事者はただただ頭をさげるしかない。
 そんなこと前から判っていたら誰もやりはしない。
 「ケースバイケース」でその時点での最良の方法を検討しながらやっていくしかない
 それ以外に方法はありえない。

 攻めるのは、収まってからやれ。


ロイター 2011年 03月 29日 04:42 JST
http://jp.reuters.com/article/jp_quake/idJPJAPAN-20298220110328

福島原発敷地でプルトニウム検出、人体に影響なし=東電

 [東京 29日 ロイター] 東京電力は28日、東日本大震災で被災した福島第1原子力発電所の敷地内の土壌からプルトニウムを検出したと発表した。

 検出されたのはプルトニウム238、239、240の同位体で、検出量は1キログラム当たり0.18─0.54ベクレル。
 敷地内の5カ所の地点で1週間前に採取した土壌サンプルから検出された。

 東電の武藤栄副社長は28日深夜に東京で記者会見し、今回検出されたプルトニウムの濃度は通常の環境で見られる水準と同程度であり、人体に影響はないと説明した。

 東電は検出されたプルトニウムの由来は不明としているものの、5つのサンプルのうち2つから検出されたプルトニウムは、大気中に存在するプルトニウムではなく、原子炉から放出されたものである可能性があるとしている。

 専門家の間では、検出されたプルトニウムは大気中から土壌に入り込んだ可能性もあるが、福島第1原子力発電所で唯一ウラン・プルトニウム混合酸化物(MOX)燃料を使っていた3号機の原子炉から漏れ出た可能性もあるとの見方が出ている。




時事.com 2011/03/29-05:40
http://www.jiji.com/jc/eqa?g=eqa&k=2011032900041

排水や点検作業続く=炉注水、被ばく防止に細心注意-福島第1原発

 東日本大震災で深刻な状況が続く福島第1原発(福島県大熊町、双葉町)で、東京電力は29日、1~3号機の原子炉に隣接するタービン建屋地下の水たまりの排水作業や、冷却装置復旧に必要な機器の点検、電源関連作業を続けた。
 2号機ではタービン建屋地下のほか、海岸方向に伸びる配管トンネルや立て坑にも高濃度の放射性物質を含む水がたまっていることが28日判明。
 同原発敷地内の土壌からは吸い込むと危険なプルトニウムが微量検出された。
 東電は本来の冷却装置が動かない原子炉に消防ポンプや電動ポンプで注水を続け、燃料棒の損傷拡大を防いできたが、原子炉から弁や配管接続部などを通じて放射性物質を含む水が漏出。
 原子炉の温度や圧力を上昇させない範囲で注水量を調節しており、被ばく防止とともに細心の注意が必要な状況だ。
 1号機のタービン建屋地下では、3系統計6台のポンプで水たまりの水を「復水器」に移す作業が続いた。
 3号機では発電タービンを回した蒸気を水に戻す復水器がほぼ満水のため、まず復水器の水の排出先タンクを確保する作業が28日夕に始まった。
 1号機では同建屋地下の排水が進むと、海岸方向への配管トンネルにつながった立て坑の水位も低下。
 放射線管理区域内の建屋地下と同区域外の配管トンネルは壁で隔てられているはずなのに、水が流れている可能性が高いことが分かった。


 今世界で高度な原発技術をもっているは日本とフランス。
 アメリカの技術者は日本企業3社の下にいる。
 ロシアと中国の原発は安全性が薄い。
 そのトップに君臨する日本がギブアップした。
 「神のみぞ知る」ことになった。
 フランスに助言を仰ぐことになった。


AFP BB news 2011年03月29日 12:02
http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/disaster/2793094/7020246

東電、仏に汚染水処理専門家派遣を要請

【3月29日 AFP】問題が続出している福島第1原子力発電所について、東京電力が仏電力公社(EDF)、仏原子力大手アレバ(Areva)、仏原子力庁(Atomic Energy Commission、CEA)に支援を要請したことが28日明らかになった。

 エリック・ベッソン(Eric Besson)仏産業・エネルギー・デジタル経済担当相が同日、RTLラジオに対し明らかにしたもので、
 「東電が初めてわが国の企業に支援を求めてきたことをうれしく思う」
と述べた。

 高濃度の放射性物質を含んだ水が原子炉のタービン建屋から漏出している事態については、
 「極めて深刻だ」
との見方を示した。

■放射性物質を含む水処理の専門家を要請

 ベッソン氏はまた、東電から「放射性物質を含む汚染水の処理に関する専門家の派遣」を要請され、アレバが専門家2人を派遣する予定だとした上で、
 「この困難な状況のなか、必要なだけの人数の専門家を派遣する準備がある」
と述べた。

 アレバはAFPに対し、必要な専門知識を伝授するため、東電と何度もやりとりしていることを明らかにしている。

 国内58基の原発を運営するEDFは18日、作業ロボットなど130トンもの特殊機材を東電に送ると発表している。(c)AFP


 これからの見通しは、極めて深刻。





== 東日本大震災 == 



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2011年3月28日月曜日

災害廃棄物、一般ごみの23年分

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● 23年分のゴミという



 この記事を読んだとき、一瞬気が遠くなった。
 「23年分のゴミ」
 もはや、口先パンダのレベルではない。
 ただ黙々とやっていくしかない。
 「重い荷物を背負って、坂道をあがるようなものだ
といった人がいるが、そんな感慨を深くした。


時事.com 2011/03/28-12:44
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&rel=j7&k=2011032800383

災害廃棄物、一般ごみの23年分
 =3年間で処理目指す-宮城知事

 宮城県の村井嘉浩知事は28日の県災害対策本部会議で、東日本大震災で発生した膨大な災害廃棄物が、
 「1500万~1800万トン」
と推計され、最大で同県の一般廃棄物の23年分に相当することを明らかにした。

 県は処理を迅速に進めるための基本方針を策定し、3年以内に処理を終える考え。
 県が推計した災害廃棄物には、自動車、土砂などは含まれておらず、分量は、今後一段と膨らむ見通し。
 災害廃棄物は、1年以内に被災地の1次仮置き場に移す。
 その後、分別して種類別に大規模な2次仮置き場へ移して一元的に処理し、3年以内に処理の完了を目指す。
 28日に石巻市湊地区の道路上の廃棄物の撤去作業に着手し、石巻港用地へ移動させる。


 耐えて耐えて、ガマンしてガマンするしかない。
 ガマンし過ぎというけれど、23年分のゴミに面して、「何がどうして」なんて言えるはずがない。
 そういう23年分のゴミをつくりだした災害に対して文句のつけようがあるだろうか。
 感情をあらわにしたところで、ゴミは消えてはくれない。
 さほどにすごいということだ。
 文句をいうヒマがあったら、まず先に手を動かせ、というレベルなのだ。
 周囲からとやかくいわれるスジアイはないのである。
 でも、意見は意見だから素直に聞いておきましょう、という’ことかな。


ここヘンJapan   2011年03月28日14:00
http://koko-hen.jp/archives/2964707.html#more

日本人はガマンし過ぎ、もっと正直に

 被災地の復旧作業が急ビッチで進んでいます。
 道路は徐々に開通し、スーパーに食品が並びはじめるなど物流も少しずつ回復。
 連日、被災地の状況を伝えるテレビ番組には、以前の生活を取り戻そうと、復旧作業を必至に行う被災者やボランティアたちの姿が映し出されています。

 懸命に復旧作業を進める日本の姿は韓国でも報じられていて、
 「自分よりももっと大変な人がいる」
と語り、救援物資に感謝する姿は
 「我慢強くて礼儀正しい日本人」
として映っているようで、高く評価されています。
 しかし、韓国のあるネットユーザーは、日本人は他人を配慮するあまり、自分を犠牲にしているのではないかと考察しています。

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 私は日本人について真面目過ぎると思っています。
 国家レベルの災害を被ったのにも関わらず、彼らは困難な状況をあまり表情に出しません。
 秩序を保つ姿を見ると、人間じゃないような気もしてしまいます。
 大切な人が行方不明になっていても、涙を我慢して
 「私よりもっと悲しんでいる人たちがいる。
 どこかで生きていると信じる」
と語っている人を見ましたが、悲しみは比較なんてできないはず。
 悲しいものは悲しい。

 ここに
 「他人を非常に配慮する」
という日本人の特徴が現れていると思います。
 例えば、道を歩いていて日本人と肩がぶつかると「すみません」と挨拶してくれます。
 もし、韓国でそれをしたなら「小心者」の烙印を押されてしまうでしょう。
 日本人がする90度のおじぎも、韓国では丁寧すぎる。
 日本人の配慮は韓国ではオーバーに映ってしまうのです。

 他人を配慮するあまり、自分のことを心配せず、身内の不幸にも涙を我慢する姿は、私には「献身的」であると同時に「盲目的犠牲」にも見えます。
 たしかに、涙を流しても亡くなった人はもう戻ってきませんが、悲しみを抑えてしまったら、その空虚な気持ちはどこに発散させればいいのでしょうか。
 人間は自分自身を愛さないといけないのに、日本人は自分よりも悲しい人がいると言って、自分を大切にしていないような気がします。

 人間は理性と感情を持った動物です。
 どちらか一方でも欠けてはいけません。
 しかし日本人の場合、理性が占める割合が極度に大きく、アンバランスな感じがします。
 日本はロボット国家ではありません。
 日本人は自分の心をだましてはいけないし、私たちに対しても正直であってほしい。
 今はまず、自分自身に素直であってほしいと思っています。
----------

 韓国人は「情が厚い」と言われるように、日本人よりも自分の感情に正直な部分があります。
 このネットユーザーは、日本人には
 「他人に迷惑をかけたくない」
 という性格的特徴があるけれど、今の困難な状況を乗り越えるためには、外部に支援や心の支えを積極的に求めるべきではないかと考えているようです。


 ヘンならヘンで結構。
 「ヘンなjapan」でやっていくしかない



== 東日本大震災 == 



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天罰教の広がり

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● やっぱり、天罰ダ!



 石原老人を教祖にもつ「天罰教」は徐々に世界中に広がりはじめている。
 まずは、ドクロ旗をかかげるシーシェパード。
 次は大阪府府議会議長。
 彼はその発言で自民党からパージされてしまった。

 でも本家本元の教祖の石原老人は逆に応援までうけている。
 この差はミエミエのえこ贔屓。
 なんといっても息子が自民党幹事長。
 身内贔屓といっても、ずばり当たっている。
 家族の温かい絆には誰も勝てない。
 
 さらに中国に広がる。
 天罰教ならぬ、中国お嬢様教
 イヤー、これにはビックリ。

 災難を神が日本に与え、
 日本が泣き、
 突然降りかかった災害の前に
 すべての傲慢は消え、
 戦々恐々とし、
 孤児のように同情を誘っている。

 神は日本を家から追い出し
 災害に満ちた土地だけを与えた。

 石原老人だってびっくりしただろう。
 いや、狂喜したかもしれない。

 その後がなんともユーモラス。

 日本という孤児と比べ、
 良家のお嬢様である中国

 なるほど。
 石原老人だってここまでは考えられなかっただろう。
 
 そして、天罰教はイタリアまで波及する。

毎日.jp 2011年3月28日 11時28分
http://mainichi.jp/select/world/news/20110328k0000e030045000c.html

東日本大震災:伊科学者も「天罰」発言…批判殺到

 【ローマ藤原章生】
 イタリア科学界の権威、国立研究会議(CNR)のロベルト・デ・マッテイ副会長(62)が東日本大震災を
 「神の善意の声であり、天罰だ
と語ったことに批判が集まっている。

 同氏は16日に行ったラジオ講話で、1908年に同国南部で起きた地震について語った聖職者の言葉を借りながら
 「神は罪深い者だけでなく、徳のある罪なき者も罰する
などと述べ、被災者は一種の「犠牲」という考えを示した。

 発言に反発する人々がネット上に辞任を要求するサイトを作り、27日までに約5000人が署名。
 26日付の伊スタンパ紙は1面コラムで、イタリアの守護神、聖フランチェスコをまつる
 「アッシジの大聖堂が(97年の地震で)壊れたのも修道士たちに対する天罰なのか」
と批判した。


 岩手県民よ、
 宮城県民よ、
 福島県民よ、
 あなた方は「徳ある罪なき人たち」だが、
 「神は罪なき人たちも罰する」という、天罰教の被害者なのだ。
 なんという「神」
 これが「神か」
 これは神とはいわない。
 これは「サタン」だ。
 「悪魔だ」
 天罰教とは悪魔教だ。
 悪魔教の教祖は誰。
 痴呆のジッチャンか。
 いや、預言者かもしれない。

 などと言葉を連ねると、石原老人と説法と同じになってしまう。
 老人の論説なんてそんなもの。
 軽薄でいい加減。
 ただ声が大きいだけ
 それを正義と思い込んでいる老人のサガ。
 大声を出したほうが勝ちという考え方。
 これからも天罰教はますます力を得て、世界に蔓延していくことだろう。

 岩手県民よ、
 宮城県民よ、
 福島県民よ、
 ただ、耐えるしか道はない。
 反論すれば言われる。
 「天罰民が」と。
 自分のできることを整々粛々黙々となしていくしか、すべはない。
 ちょっと言葉はきついが、これからの日本が生きていくには整々粛々黙々と進むしか道はない。
 口先鉄砲を打ちまくる客寄せ教祖パンダは、そのうち駆除されるだろう。
 天の神様に。 
 
 人為なら腹が立つ。
 天意と思えば心がやすらぐ。
 逆手でいけ。
 自然と共存せよ。

 などと海の外から言ってもしかたないことでですが、がんばって欲しいのです。
 本当に。
 老人の一人として。
 若い人の出番を妨げるようなことをしては決してならないのです。
 天罰とは若い人の前途を塞ぐことにくだされる
べきなのです。



== 東日本大震災 == 



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坊主はどこへいった

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● 死体が



 まだまだ被災地は大変なようである。
 ところで「素朴な疑問」なのだが。
 死体となればセットででてくるのが「坊主」
 「坊主はどこへいった

 死体に手向けのお経でも挙げてあげれば、どれほどありがいことか。
 きっと「日本仏教奉仕団」とかいう組織が、数十人の坊主を送り込んで、
 「何もできませんが、お経をあげさせてもらいます
といって活躍していることだと思う。
 死体が誰かはわからないが、周りの人たちは
 「俺達はなにもできないが、
 和尚さんがありがたいお経をあげてくれたぞ。
 これで成仏できるぞ

と涙をこぼしていることだろう。

 なかには、いてもたってもいられず、身ひとつで危地へ乗り込んで誰ともしれぬ死体に向けてお経を挙げている坊主もいるだろう。
 古代、いにしえの日本はそういう坊主があふれていた。
 今だって、どこかの被災地をかけずり廻って、お経を挙げている坊主がいるはずだ。
 「これも、修行です
と言って。
 千日回峰行だけが修行ではあるまい。
 「ビルマの竪琴」という小説・映画があった。
 ビルマ戦線の死者をともらうため坊主になった軍人の話である。
 そういうのをなぜ、マスコミは報道しないのだ



毎日.jp 毎日新聞 2011年3月27日
http://mainichi.jp/area/kyoto/news/20110327ddlk26040390000c.html

[京都:京都府警]
東日本大震災:無数の遺体、安置台なく 過酷な中、続く捜索活動

 ◇「早く遺族の元に」

 行方不明者の捜索が続く東日本大震災の被災地に府警の広域緊急援助隊が入り、活動を続けている。
 これまで2次にわたり約400人が派遣され、過酷な環境の中で、行方不明者の救助捜索や犠牲者の検視、身元の確認をしている。
 震災直後に宮城県入りし、検視活動にあたった江河和彦警視(捜査1課)に体験を聞いた。【林哲平】

 第1陣として派遣された検視班19人が14日朝、遺体安置所となった同県気仙沼市立新城小学校の体育館で目にしたのは信じられないような光景だった。
 無数の遺体がブルーシートを敷き詰めた床に並ぶ。
 安置台すらなく、被災した民家から持ち込まれたと思われるカーテンやシーツでくるまれていた。

 遺体の前で手を合わせ、医師と遺体に向き合う。
 多くは近くの介護施設に入所していた高齢者だ。
 室内履きを履いたままの人や、カテーテルを挿入したままの人、中にはランドセルを背負った小学生の女の子も。
 ほとんどが水死。
 「逃げる間もなくあっというまに津波に襲われたのだろう」
と最期を思いやる。
 断水の続く中、なんとかしてポリバケツ1杯の水を入手、顔の泥を落として再び手を合わせるのがやっとだった。

 日没までに42体の検視を終え、所持品や生き残った施設職員からの聞き取りなどで身元確認を進めた。
 「感情を入れると、とてもできる仕事ではない。
 検視官としての目を保つため、無意識のうちに冷静であろうと努めていた」
と作業の過酷さを振り返る。

 警察庁によると、26日午前10時現在、宮城県内の死者は6097人に上り、行方不明者も6237人を数える。
 大規模な火災の影響もあり、見つけても搬送できないままの遺体も多数あったという。
 「これから腐敗が進む遺体の収容や身元確認はますます難しくなる。
 早く遺族の元に返してあげたいのだが」

 府警の第2次派遣隊も宮城県などで活動を続けている。



 朝鮮日報からの被災地ルポから。


朝鮮日報 記事入力 : 2011/03/28 08:57:44
http://www.chosunonline.com/news/20110328000018

東日本巨大地震:被災地仙台を行く、本紙特派員ルポ
被災地への高速道、原発に近く車まばら

 今月11日の東日本巨大地震で大きな被害を受けた東北地方の中心都市、宮城県仙台市では27日、復旧作業が急ピッチで進んでいた。
 市内ではバスやタクシーが走り、花屋や食堂も一部営業を再開した。
 遠く鹿児島からをはじめ、全国各地から救援物資を積んできた車両が並んでいた。
 仙台港には25日、食料品や医薬品など生活必需品1400トンを載せた大型旅客船が到着し、生活必需品の品不足も解消されてきている。
 ボランティア拠点は全国から寄せられたボランティアたちで混み合っていた。

 しかし、仙台市中心部から20分ほど郊外に行くと雰囲気は一変し、まるで戦場を思わせる光景が広がっている。
 ガス、水道、電気が復旧しない場所が多い。
 自衛隊員やボランティアらが復旧作業に当たっているが、当面できることはがれきの始末ぐらいだ。
 被害範囲が広く、ブルドーザー、ダンプカーなどの重機類や人材が不足し、本格的な作業のめどは立たないのが実情だ。
 在日韓国人団体、民団宮城のイ・グンチュル団長は
 「家や店を失った同胞が多いが、あまりに被害が大きいため、どこから復旧すべきか判断できない状況だ」
と話した。

 海岸部にある商業施設やコンビニエンスストアなども津波被害で営業再開が不可能な状況だ。
 ガソリンスタンドには車が数百メートルも並んでおり、深刻な燃料不足が続いている。
 仙台市郊外では給水車が到着すると、数十人が並んで給水を受ける姿が見られた。
 東京から親戚に会うために仙台を訪れた松本さん(45)は
 「避難所で生活する親戚のためにコメ、果物、下着類など生活必需品を準備した」
と話した。
 ガソリンタンクにはガソリンを満タンにしてきた。

 余震が続いている上、東京電力福島第一原子力発電所の放射能漏れ事故も重なり、復旧作業は思うように進まない。
 仙台市は福島第1原発から80キロの距離で放射能に対する懸念も深刻だ。
 仙台の韓国総領事館関係者は
 「留学やビジネス目的で来た韓国人は、放射能漏れ事故以降、大半が韓国に退避した」
と説明した。
 仙台と東京を結ぶ東北自動車道は、福島第一原発から50キロの距離を通っており、周辺では東京の30倍の濃度で放射性物質が観測されている。
 このため、東北道は開通しても救援物資を積んだ車両以外はまばらだ。



朝鮮日報 記事入力 : 2011/03/28 08:57:09
http://www.chosunonline.com/news/20110328000017

東日本巨大地震:「外国人窃盗団」などのデマ飛び交う
陰謀説や「核兵器を隠している」との説も

 東日本巨大地震やそれに伴う津波、福島第一原子力発電所の事故などで不安が広がる中、さまざまな流言が飛び交っている、と朝日新聞が報じた。

 「外国人の窃盗団がいる」
 「自民党寄りの東京電力が民主党政権を陥れるため、福島第一原発の事故での初動対応を遅らせたのではないか」
といったうわさや陰謀説が流れているというわけだ。

 今回の大地震で大きな被害を受けた宮城県警察は今月25日、避難所でチラシを配った。 
 「暴動が起きているといった、あらぬうわさが飛び交っている。惑わされないよう気を付けてほしい」
という内容だった。
 同県警によると、ここ数日間、一日に500-1000件もの通報や問い合わせが殺到しているという。

 一方、中国のあるテレビ局は日本が核兵器を保有しているという説を報じた。
 中国の宣伝用衛星テレビ局は、福島第一原発の事故が発生した当初、日本政府が米国の支援を拒否した理由について、同原発に核兵器を隠しているからかもしれない、と今月18日に報じた。
 この報道内容は、日本や韓国のインターネット上でも急激に広まった。


 ちょっと検索しただけで正確ではないが「日本仏教奉仕団」あるいはそれに見合う組織はないようだ。
 ということは、坊主はまさか、
 「私のBMVが放射能に汚染されては」
と逃げ出したのか。
 ヤクザだって「ベンツ」で被災地に乗り込んで奉仕活動をしているのに、まさか肝心の
 坊主が逃げた。
 そんなことはあるまい。
 被災地をちゃんと探せば、ボロボロの僧衣姿にゴム長を履き、ヘルメットをかぶって死者ともらいの行脚する坊主が、
 一人くらいは
見つかるはずだ。
 見つけねばならぬ。
 これは、新しい日本誕生のためにどうしても必要なのだ。


● ビルマの竪琴




== 東日本大震災 == 



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